2008年06月04日

激闘!茂原工場(5)

苦しい工場での「ボルト締め」の日々にも慣れてきた4日目、次週以降のシフトカレンダーをもらった。

「げげっ!」

次週はいよいよ三番勤務。なんと、月曜日の午前零時からスタートだ。いや、それって、日曜日の24時やし。サザエさん症候群になる暇もなく、日曜の夕方から夜を過ごさねばならない。ただ、金曜日の午前8時で勤務が終わる。翌々週は、二番勤務で、こっちは月曜の16時からだ。ということは、

金曜日の朝の8時から、月曜日の夕方16時までが週末ってことだ。これはすごい!悪くないねぇ!

そこで僕は考えた。金はないけど、京都にいる彼女に会いに行こう、そうしよう。三泊四日で行けるじゃないか!僕はもう心の中で決めていた。が、班長さんが一言。

「その週の勤務終わったら、森田君の歓迎会やから、そのつもりでな。楽しみにしとけよ!」
「え?勤務後って、金曜の朝ですか?」
「そうやで。なんか変?」
「えーと、朝の8時過ぎからですか?」
「そうそう。うまい魚の店予約しておいたから。みんな来るから。カラオケもあるから。」

話がよくのみ込めなかったが、どうやら茂原工場の周辺には、三交代制勤務にあわせて、24時間空いてる居酒屋などがたくさんあるらしい。朝の8時半から宴会などは普通なんだそうだ。まぁ、昼ぐらいに出れば夕方までには京都に着くからいいだろう。で、その金曜日がやってきた。(夜勤の話はまた後ほど)

「えぇー、今週もお疲れ様でした。森田君もなれない仕事、お疲れ!さぁ、パーっと行きましょう!」

まいった。まいった。工場で働いているおじさん、おにいさん、おばさん、全員が全員ものすごい酒豪!僕もどっちかというと宴会好きだし、すすめられたものは断らない性格なので呑みまくってしまった。

「いやー、もりたくん、うぃっ。さいひょはかたいやつかとおもったけど、おもしろいやつやなぁ(という感じの千葉の方言にて、以下同)」
「そやそや、うしろでみとっても骨のあるやつってわか、わか、わかるでぇ~!」

口数少ないはずの同じ担当のヤンキー風おにいさんも、口数もっと少ないはずの職人おじさんも、もうベロベロでしゃべりまくり。結果的に僕はこの日を境に皆さんと仲良くなったので呑み会は大事だなとあらためて感じた。

そして歓迎会はお開きになった。11時。感覚的には、夜の21時ぐらいだ。

「おぅおぅ、もりちゃんよー、まだかえったらいか、いか、いかんぞぉ~」
「えーと、僕、これから私用ですが、東京(ほんとは京都)に戻らないかんのですよ」
「だめだめだめ、もういっけんいくぞー。まだ夜はながいんやで~」
(いえいえ、完全に明けていて、陽が高いんですけど)
「えぇ。まぁ。けど、皆さん、すごく酔ってますよ。大丈夫ですか?」
「だいじょーぶ、だいだいじょーむ。ふぅ」

そんなわけで、二軒目に突入。なんと、いわゆるオネエチャンのいるクラブというかラウンジというか。ドア開けた瞬間、先客の大音量のカラオケがなり響いている。昼の11時半なんですけど。

店のオネエチャンはママさんとチーママ以外はみんなたぶんフィリピンからの人たち。流暢な日本語で接客。班長さんたち一味は常連らしい。僕はそこで1時間ほど飲んで、

「よっしゃ!もりちゃん!きょうはよーやった!!」
(いえ、何もしてませんが)
「よー、よるおそくまでつきあってくれた!」
(金曜の昼の12時半ですけど)
「いっきょくうたったら、タクシーよぶわ!さぁ、うたえ!」

この状況では何を歌ったらいいのかよくわからんが、ほとんどみんな一週間の労働に疲れていて、泥酔で寝ている。まぁ、なんでもよかろう。

「では、えーと、サザンなど一曲。」

そして僕は昼の1時に、フィリピンから来たオネエチャン達の手拍子で、他誰も聞いていない、「女呼んでブギ!」を熱唱したのでした。




(つづく)


★こちらもどうぞ。
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